「沖縄空手道協会」は、沖縄の技芸伝統無形文化としての空手道を授受錬磨するために設立された組織である。空手道授受の過程で会員相互が切磋琢磨しあい、心身を鍛練し、人格を陶冶する。当協会は「修武會」(昭和8年)、「上地流空手道協会」(昭和46年)、「沖縄空手道協会」(平成元年)と生成発展し、約80年の歴史を持つ。

 平成元年(1989年)4月1日をもって、心機一転を期すべく、従来の「上地流空手道協会」を発展的に解消し、「沖縄空手道協会」として名称変えをした。略称「沖空会」である。国際化の時代に相応すべく、小次元の流派名を組織名として使用することは控え、沖縄即空手、空手即沖縄として国際社会で共通認識を得ている「沖縄」及び「空手」を前面に打ち出し、沖縄の技芸文化を継承発展させる文化機関としての使命を全うすべく組織名を改めた。「沖縄空手道協会」という名称をもって我々は国際化の時代へ船出した。名実共に新たなる出発である。

沖縄空手道協会会章

1 円心部(赤・白)
沖縄県の県章

2 三つ巴(白・黄)
尚徳王(1461年~1469年)以来の尚家の定紋で、
琉球王統の象徴(薙刀の左旋回手法<渦巻く水の勢い>)

3 全体としての円環
天壌無窮・公正・平等・平和

紋章全体としての意味
技芸の世界では伝統と現代の合一性を尊び、伝統が現代を包括するのを基本原理とする。古きをたずねて新しきを知る温故知新の精神こそ尊ぶべきものである。求道者は、始めもなければ終わりもない永遠なるものを目指すべきで、自己完結した完全なる一者こそ道の指標となるものである。究道無限である。円満・平等・平和の精神こそ武が求めるものである。

図柄考案者:崎山孝雄(教士八段)

流派名の変更
沖空会では、1995年に流派名を「昭平流」と命名し、これまで21年間愛用してきたが、世界的に空手が普及発展し、2020年の東京オリンピックでは「空手」が競技種目として追加され、沖縄県においては2016年4月に空手振興課を設置し、2017年4月には沖縄空手会館が供用開始されるなど、空手をとりまく環境が大きく変わりつつある状況を踏まえ、2016年7月31日の理事会において、沖空会の流派名を「昭平流」から「上地流」に変更することを決定した。
その理由は、次のとおり。
(1) 沖縄空手道の国際的な普及発展を推進するためには、沖縄の三大流派名による活動が有効
かつ効果的である。
(2) 当協会は、海外約20か国に72の所属道場を擁し、空手の国際的な普及発展に大きな役割
を担っている。
(3) 今後、更なる普及発展を推進するには、本場の三大流派である「上地流」を名乗り、その
「ブランド力」を高めることが必要であり、当協会の使命である。
(4) 上地流の本流を継承する組織である当協会の流派名を、本来の「上地流」へ戻すことにより、
組織活動の活性化につながる。

「昭平流」の紹介
沖縄空手道協会(略称:沖空会)は、1995年11月16日に新しい流派名を決定した。流派名候補28種の中から最終的に選択決定したのが「昭平流」である。
昭平流という流派名は、人種、民族、国籍、性別を問うことなく、すべての沖空会会員が「心技体」の次元で武人としての自己存在を明示する手段で、誠に意味深く歴史的なものである。
沖空会は、1989年(昭和64年・平成元年)4月1日に設立された。日本元号が昭和から平成に移行する歴史的過渡期に生まれたものである。「昭和」と「平成」の頭文字をとり、「昭平」とした。字義的には、「昭」は、明るく照り輝くことであり、「平」は、公平、平和、平等を意味し、「昭平」といえば、天下が明るく輝き、全てが平和におさまり、万人平等の社会の建設を象徴するものである。ついでに記せば、昭平流命名の年は、世界の人々が忘れてはならない歴史的な年でもある。それは、沖縄戦、太平洋戦争終結50周年の節目の年だからである。
また、「昭平」は、過去と未来を結ぶ時代的接点を意味し、伝統と現代を調和連結し、「古きをたずねて新しきを知る」という温故知新の精神を標榜し、それの実践を流儀とする。俳人芭蕉は、「古人の後を求めず、古人の求めたるものを求めよ」と喝破し、形のみを追う模倣主義を否とし、精神的創造性の高揚こそが肝心なものだと教えたのである。
「昭平流」は、かくして沖空会会員の心技両面をいっそう洗練し、豊かなものにし、沖縄空手道が未来永劫に発展することを象徴する流派名である。

歴代会長
初代 友寄 隆宏(範士十段)(1989年~)
二代 仲程 力(範士十段)(1996年~)
三代 稲田 弘(範士十段)(2002年~)
四代 与那嶺 幸助(範士十段)(2004年~)
五代 安里 信秀(範士十段)(2008年~)
六代 仲程 力(範士十段)(2010年~)
七代 比嘉 敏雄(範士十段)(2012年~)
八代 仲程 力(範士十段)(2014年~)

選手権大会の開催
沖空会では、少年部選手権大会、一般選手権大会、全沖縄選手権大会を開催している。会員相互の連帯及び組織強化と発展のための3本柱とも言うべき重要な事業である。

◎ 「一般選手権大会」は、1967年(昭和42年)に第1回大会を開始し、空手人なら必然的に試行する自由組手でもって技を競い合い、切磋琢磨し、身心の鍛錬の工夫をしていた。当時、空手界の長老の方々が自由組手否定論を展開する時勢でもあった。
例年8月に開催し、競技は、級の部、段の部、シニア及びマスターズの部に分かれて、個人型、団体型、個人組手の種目で技を競う。

◎ 「全沖縄選手権大会」は、1978年(昭和63年)12月3日に第1回大会を開始した。県内外の各流派や諸外国から選手を募り、心・技・体の総力をあげてぶつかり合う、若人たちによる世界大会とも言うべき超流派次元の大会を開催している。
1998年(平成10年)には20回記念大会をもち、その後、一時中断したが、4年後の2003年(平成15年)には再開され、2008年11月9日には「2008全沖縄空手道選手権大会(沖空会20周年記念大会)」を開催した。
流派を超えた国際的な相互琢磨の場を設定し、武道空手の普及と国際交流という観点から先駆的な役割を果たしてきたと言える。
この大会において、アメリカやオーストラリア、アルゼンチンの海外選手が優勝したこともあったが、比嘉信博選手がこの大会を8回制覇し、7連覇の快挙を成し遂げたことは特筆すべきである。毎回、十ヶ国以上の海外選手や他流派の猛者たちと激闘を繰り広げる中での偉業であった。
本大会は、例年11月に開催しており、2006年から型試合も導入している。

◎ 「少年部大会」は、小学生、中学生、高校生による大会で、個人型、団体型、個人組手の種目で日ごろの稽古の成果を発表している。
2009年(平成21年)には開催30回を数え、型試合にフラッグ方式、組手試合にメンホーを装着した上での上段蹴りや上段突きも取り入れ、安全面を重視した上で、技の制限を少なくするなど、試合方法を工夫しながら開催している。
この大会は、武道空手の底辺の拡大と青少年の健全育成に貢献している。例年7月に開催している。

主な出来事
1995年 沖縄空手道協会研修会館建設
2004年 国際女流武芸祭開催
2007年 DVD「上地流系武道空手のすべて」制作
2008年 沖空会20周年記念式典開催
2013年 沖空会総本部の移転(北谷町北前から沖縄市役所の隣へ)

 
 

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